抄録集
基調講演
演題 子どもたちのためにできること 
~アドボカシー活動について~
演者 藤岡 雅司(日本外来小児科学会アドボカシー委員会委員長)
   子どもたちを取り巻く環境にはさまざまな問題が山積している。増え続ける虐待、繰り返される不慮の事故、世界から遅れた予防接種、タバコ問題やドラッグの濫用、発達障害に対する無理解や支援の欠如、氾濫するメディアとの関係など。これらは子どもたちのすこやかな成長にとって大きな脅威であることは言うまでもない。
 しかし、このような問題にさらされていても、子どもたちは自分自身で解決することも意見を出すこともできない。これは若い世代の保護者も同じである。子どもたちや若い保護者の近くにいる者は、彼らの代弁者として、それこそ「見て見ぬふりをせず」、「ひと肌脱いで」行動する責任がある。
 では、具体的に何をすればよいのか。医療に携わる者がこのような問題を解決しようと思えば、診療所や病院の中にとどまっていてはならない。外に出て、子どもに関わる多くの職種の人々と協力し、社会的な活動を行い、社会に対して意見を表明することが必要だ。
 これらをまとめる概念が「アドボカシー」である。しかし、アドボカシーは実践しなければ意味がない。子どもたちの健康問題を提起して、その解決のために社会的に活動すること。これが医療に携わる者の行うアドボカシー活動である。
 日本外来小児科学会では2000年に社会活動部会アドボカシー委員会を設立し活動している。講演では学会や会員の行ってきたアドボカシー活動とこれからの展望などを紹介する。
特別講演
演題 歯科保健医療対策の経緯と近年の動向
演者 日高 勝美(九州歯科大学歯学部口腔保健学科)
   今回の講演では、保健医療行政の概要紹介に併せ、歯科関連施策の経緯と近年の動向について概説させていただきます。8020運動が提唱された平成元年当時は成人の歯科問題と並行して、小児の齲蝕対策についても検討が行われ、平成2年3月に「幼児期における歯科保健指導の手引」が公表されました。当時の3歳児の平均齲歯数は3本程度でしたが、歯科医療関係者の努力や国民の歯科保健に対する意識の向上に伴い、近年は1本未満と大きく改善しています。8020運動は広く周知が図られ、小児の齲蝕対策も含めた総合的な歯の健康づくりのスローガンとして位置づけられましたが、近年は8020運動に併せ、食を支援する観点から、他職種との連携に基づき食育が推進されています。また、地域歯科保健の基盤づくりとして地方自治体では歯科保健に関する条例が制定されており、将来の施策の充実が期待されています。
教育講演
演題 小児の口腔疾患
演者 楠川 仁悟(久留米大学医学部歯科口腔医療センター)
   小児にみられる口腔疾患には,齲蝕を原因とするものが多いため,歯を中心に診察されがちである.このため口腔粘膜や軟組織の疾患,全身疾患の部分症状としての口腔症状が見落とされることがある.また,身体的にも精神的にも成長途上にある小児では年齢や生活環境によって実に様々な病態を呈するだけでなく,必ずしも自身の病状を正確に伝えることができない小児の心理的背景に目を向けることも大切である.このような観点から,小児期にみられる口腔疾患の中でも,注意すべき症状,診断や対応が難しい顎口腔疾患について,以下の点を中心にお示ししたい.
 1.口腔粘膜疾患:主に潰瘍性病変について
 2.軟組織疾患:唾液腺疾患と腫瘍(とくに小児ガン)について
 3.全身疾患・症候群:見落としがちな口腔症状あるいは全身症状について
シンポジウム 1
演題 小児とのコミュニケーションの取り方
演者 香西 克之(広島大学大学院医歯薬学総合研究科小児歯科学研究室教授)
   小児の歯科治療をスムーズに遂行するためには,小児患者への十分なマネージメント能力が要求されます。まず,診療行為に対してどのような内部および外部行動を起こすかを理解しなければなりません。また小児患者・保護者・歯科医師の相互の信頼関係(小児歯科三角)も円滑な診療の進行には欠かせません。小児期の恐怖の対象は成長に伴い変化するため,年齢や個性に合った対応法を素早く見つけことがポイントとなります。一般的に3歳になると自我が確立され意思の疎通も図れることから,行動変容法による対応が可能です。具体的には系統的脱感作法,オペラント条件付け法,モデリング法などがあります。また緊急時には器具を使った身体抑制も必要となるため,普段から行動抑制法に慣れておくことが必要です。
 一方,歯科処置中の小児患者への対応として最も重要なのは,疼痛のコントロールですが,特に忍耐力が十分備わっていない小児に対しては確実な麻酔による疼痛コントロールが望まれます。疼痛コントロールを誤ることによって受けるストレスは甚大であり,成人以降の歯科治療への不信,歯科恐怖症に繋がっていくこともあります。処置終了後の対応で最も大切なのは,患児によく頑張ったことを褒めることで,保護者からも褒めの言葉掛けがあれば,患児の自信につながり次回の診療もスムーズに進行しやすいのはよく経験することです。
 小児期の歯科治療体験が生涯の自己健康管理への正の強化になるよう導くことも我々の使命であろうと考えています。
シンポジウム 2
演題 小児歯科治療中のトラブルとその予防
演者 三留 雅人(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部 
      統合医療創生科学部門・社会環境衛生学講座
      小児歯科学分野(旧歯学部小児歯科学講座) )
   小児に対する歯科診療は,精神発達や身体発育が未熟なためにトラブルが発生しやすい。また,小児歯科でのトラブルの特徴は医療事故や治療内容についてのトラブルが,患児本人ではなく保護者との間で起こることである。トラブルが発生した場合,これらの特徴をふまえて対処していかなければならない。小児歯科において重篤で深刻になりやすいトラブルは,患児の治療中に偶発事故が発生した場合である。小児歯科においてもハインリッヒの法則があてはまり,一つの重大な事故の背景には,多数の中小の事故やヒヤリハット事例が存在すると考えられる。日常臨床でのトラブルを少しでも未然に防ぐには,実際にその場で起こった,あるいは起こりそうになった事例を分析し,二度と起こらないように対策を構築していくことが重要である。また,治療後に治療方針やその内容でトラブルを起こさないように,保護者に事前の説明を行い,場合によっては同意書を取っておくことも必要と考えられる。さらに保護者との不必要なトラブルをさけるには十分なコミュニケーションをとり信頼関係を築いていくことが肝要である。
 これらのことを日頃から心がけることは,将来起こるかもしれない法的トラブルや大事故を未然に防止することにつながる。本講演では,小児歯科臨床で日常経験するトラブル例をあげ,その要因と防止法を紹介していく。
シンポジウム 3
演題 小児口腔外科手術の全身麻酔について 歯科麻酔科の立場から
演者 吉田 篤哉(宮崎歯科福祉センター麻酔部長(元九州大学病院歯科麻酔科講師))
   口腔外科領域での乳幼児小児の手術は口唇口蓋裂の形成術が多数を占めます。一般的に口唇形成術は生後3ヶ月前後で、口蓋形成術は生後1年半前後で行われることが多いですが、麻酔科の立場からこの年代の乳幼児の麻酔を考えると、いくつかの問題点が挙げられます。まず全身管理上の問題として、絶飲食による脱水、上気道感染の罹患率が高いなどがあります。乳幼児の急激な体調の変化にどう対応するのか、術前の診察基準等を紹介します。また、乳幼児の気管の解剖学的特徴として、気管の一番細い部分が声門直下にあることで、これにより適切な気管チューブの選択が難しい場合が多いです。さらに、口蓋形成術手術中のチューブ固定に関して、口蓋形成術の際によく使用されるディングマンの開口器が、気管チューブ固定にいくつかの問題を引き起こす例があります。経鼻挿管に関しても、解剖学的特徴として鼻口と気管径の差が成人に比して大きいということで、長時間の手術に特別の配慮を行わなければならないケースが多々見られます。以上のように乳幼児、小児の全身麻酔に対して麻酔科としての立場から考えられる問題点を、現在私が携わっています障害児の全身管理も含めて紹介させて頂きたいと思います。
シンポジウム 4
演題 小児の術前、術後管理:口腔外科の立場から
演者 笹栗 正明(九州大学大学院歯学研究院口腔顎顔面病態顎講座顎顔面腫瘍制御学分野)
   本シンポジウムでは、当科での口唇口蓋裂患児の術前術後管理についてご紹介し、乳幼児の術前術後管理について述べさせていただきます。術前管理は哺乳指導、ワクチン接種制限、体調管理、家族および患児への治療説明などです。口唇口蓋裂児は哺乳力が弱いため、口唇テープ、口蓋床や口蓋裂用乳首を使用した哺乳指導を行っています。重度の哺乳障害がない限り経鼻経管栄養は行っていません。術前の体調管理で問題になることが多い上気道感染については、上気道感染後2週間は全身麻酔・手術は行いません。上気道炎に関してはかぜスコアにより評価し、全麻手術適否の決定および合併症予測の参考にしています。術後の創管理、哺乳方法などの指導を行い、母子ともに安心して手術が受けられるように援助しています。また、幼児では患児に対しても十分な治療説明を行っておくことが必要です。術後管理では輸液管理、栄養管理、創部管理の指導があります。輸液管理では輸液ルートの事故抜去と滴下不良予防のために留置部位を十分に固定し、固定部分と輸液チューブのループをネットで包み、自動滴下装置で確実に輸液するようにしています。創部安静目的に肘関節抑制帯や、創部保護プレートを使用しています。当科で用いているクリニカルパスもご紹介し、その他術前後管理につきましても述べさせていただき、みなさま方のご意見を伺いより良い術前術後管理方法を検討させていただきたいと思います。